こんにちは。だーおかです。

今回はJRA(日本中央競馬会)が開催する、GⅠ「有馬記念」で今尚語り継がれる伝説のレースをご紹介します。

有馬記念とは?

有馬記念は3歳以上のJRA所属馬でファン投票選出馬、及びJRA選定馬が出走することができる国内最大賞金額でもある1着3億のGⅠレースです。

その他の詳しい出走条件

サラ系3歳以上(出走可能頭数:最大16頭)

・JRA所属馬(ファン投票選出馬、及びJRA選定馬)
・地方競馬所属馬(JRA選定馬のみ)
・外国調教馬(最大6頭まで、優先出走)
出走馬の選定方法は以下の通り。
・特別登録を行った馬のうちファン投票上位10頭、及び外国馬は優先出走できる。
・上記以外のJRA所属馬・地方競馬所属馬は「通算収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI競走における収得賞金」の総計が多い順に出走できる。

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歴史に残る感動のレース

奇跡のラストラン

1990年12月23日に行われた第35回有馬記念。

地方競馬から中央競馬に移籍し、重賞を12勝した「芦毛の怪物」オグリキャップの引退レースです。

オグリキャップはこの年で6歳になり、1990年後半から明らかに衰えが見えだした。
天皇賞(秋)では6着、ジャパンCでは11着と、芦毛の怪物の姿は影を潜め「オグリキャップは終わった」「もう引退させろ」という声が上がり、運営側も有馬記念を引退レースに定め、騎手を若き「武豊」に依頼した。
ファン投票では堂々の1位でしたが、オグリキャップの単勝オッズは5.5倍の4番人気
引退レースということもあり記念馬券などを買った人たちも大勢いて、とても期待されているとは言えないオッズだった。
レースがスタートするとオグリキャップは6番手の好位置につけ、第3コーナーを迎えたところで馬群の外を通って一気に先頭へ。
1番人気のホワイトストーン、2番人気のメジロアルダンが必死に追い上げますが、オグリキャップは失速することなくそのまま1着でゴールを駆け抜けました。
2年ぶりに有馬記念を制し、限界と思われていたオグリキャップがラストランで復活したことで「奇跡のラストラン」と言われ今でも競馬ファンの間では語り継がれる伝説のレースになっています。

奇跡の復活

1993年12月26日に行なわれた第38回有馬記念。

「皇帝」と呼ばれるシンボリルドルフの子で「帝王」の名を持つトウカイテイオーの奇跡の復活レースです。

トウカイテイオーは父と同じく三冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を期待されながらも、2冠目の日本ダービーの勝利後に骨折が発覚。

その後復活するものの、5歳春に再び骨折。

それでもまた復活し、直後の天皇賞(秋)こそ調整の遅れと、ハイペースのレース展開に苦しみ7着だったものの続くジャパンCで優勝して完全復活した。

しかし、その後の有馬記念では体調不良から生涯最低成績の11着に終わり、その翌年に三度目の骨折が発覚する。

1年を棒に振り、6歳で再び有馬記念への出走となったが、ビワハヤヒデやベガといった強敵の影に隠れ、1年のブランクも心配されたトウカイテイオーは単勝オッズ9.4倍の4番人気。オグリキャップ同様、これは応援馬券としてのオッズで、複勝式では8番人気と全く期待されていませんでした。

騎手も岡部幸雄武豊に断られて前年の有馬記念でも騎乗した「田原成貴」に依頼したが、田原もトウカイテイオーの優勝は厳しいと口にしていました。

しかしレースが始まると、トウカイテイオーは2週目の第3コーナーから徐々に前に上がり出し、最後の直線でビワハヤヒデを追走。ゴール前での競合いを制して、トウカイテイオーが優勝した。

ゴールの瞬間、レースの実況をしていたアナウンサーはそれぞれ「トウカイテイオー、奇跡の復活!」と叫び、騎乗した田原も涙を流しながら、「この勝利は、日本競馬の常識を覆したトウカイテイオー彼自身の勝利です。彼を褒めてやって下さい」とコメント。
3回の骨折がありながらも復活して、1年のブランクがありながらGⅠである有馬記念を勝利したその姿はまさに「帝王」でした。

僅か4センチの激闘

1999年12月26日に行なわれた第44回有馬記念。

秋古馬三冠(天皇賞秋、ジャパンC、有馬記念)を狙うスペシャルウィークと同年宝塚記念を勝利し、春秋グランプリ制覇を狙う「不死鳥」グラスワンダーのライバル対決です。

同じ1997年デビューのスペシャルウィークとグラスワンダー。

この年にデビューした馬は他にもエルコンドルパサーセイウンスカイといった名馬もいて、名勝負が数多く存在します。

しかし、グラスワンダーは骨折などもあり、両者が初めて対決したのは同年7月の宝塚記念でした。

5月に天皇賞(春)を制していたスペシャルウィークが1番人気で前走の安田記念に敗れていたグラスワンダーは2番人気となっていましたが、グラスワンダーがスペシャルウィークに3馬身をつけて圧勝。スペシャルウィークも3着に7馬身をつけ、まさにこの2頭は別次元の強さでした。

そして再び、この2頭がぶつかったのが第44回の有馬記念。

グラスワンダーが単勝オッズ2.8倍の1番人気。次いでスペシャルウィークが単勝オッズ3.0倍の2番人気でレースはスタートしました。レースはかなりのスローペースとなり、最後の直線でグラスワンダー、スペシャルウィーク、テイエムオペラオーが一気に抜け出しました。そこからさらにグラスワンダーとスペシャルウィークの2頭が抜け出して、ほぼ並んだ状態でゴールを駆け抜けました。

https://www.youtube.com/watch?v=AymWWggposU
https://www.youtube.com/watch?v=xP7OunVZAek

結果は写真判定に持ち込まれましたが、スペシャルウィークの鞍上の「武豊」は勝利を確信してウイニングランを行い、これを見たグラスワンダーの鞍上「的場均」は自身の敗北だと思い、引き上げました。

しかし、グラスワンダーを差し切るように見えたスペシャルウィークでしたが、僅かにゴールラインを先に駆け抜けていたのはグラスワンダーでした。その差は「僅かハナ差4センチ」で宝塚記念に次いで2頭のライバル対決はグラスワンダーが制しました。

これによりグラスワンダーは春秋グランプリを制覇。しかし、この2頭の激闘は結果はどうであれファンの記憶に残る名勝負となりました。

完全に包囲された覇王

2000年12月24日に行なわれた第45回有馬記念。

この年の重賞を7連勝していた2000年の年間無敗王者、「世紀末覇王」テイエムオペラオーの伝説のレースです。

前年の44回有馬記念では惜しくも、グラスワンダーに敗れたテイエムオペラオーでしたが、2000年に入ると完全に本格化。

2月の京都記念(GⅡ)から11月のジャパンC(GⅠ)まで7連勝。GⅡレース3勝、GⅠレース4勝と国内で中長距離では敵はいませんでした。

そして迎えた第45回有馬記念。

単勝オッズ1.7倍の断トツの一番人気でテイエムオペラオーの勝利は信じて疑いようがありませんでした。

しかし、有馬記念当日の朝にテイエムオペラオーは興奮から壁に顔面を強打してしまい、腫れた顔面で片目がほぼ塞がっている状態での強行出走となってしまいます。

さらにレースは密集した展開となり、絶対王者をマークしようと他馬がテイエムオペラオーの進路を完全に塞ぎ、最後の直線でまだ11番手という絶望的な状態でした。

しかし、そんな狭い馬群の間を縫ってテイエムオペラオーは一気に加速。そこから驚異の末脚を発揮して、メイショウドトウを交わし僅かな差でゴールラインを1着で駆け抜けました。

このレースを見ていたオーナーが「馬も騎手も、涙が出るぐらい可哀想だった」と語るほど厳しいレースでした。

他馬に完全に包囲されて進路を塞がれ、それでも1着を勝ち取ったテイエムオペラオー。

結果2000年を8戦全勝したまさに世紀末覇王伝説のレースでした。

唯一英雄に土をつけた馬

2005年12月25日に行なわれた第50回有馬記念。

「英雄」ディープインパクトが唯一国内で差し切れなかったハーツクライの悲願の初GⅠ制覇レースです。

ディープインパクトを知らない人はほとんどいないでしょう。

シンボリルドルフ以来の無敗三冠馬で、まさに「英雄」。この時は、まだ3歳だったとはいえ、ディープインパクトが負ける姿が想像できない。それほど強い馬でした。

かたやハーツクライは4歳でここまで重賞の勝利数はたったのGⅡ1勝。しかしこの年の宝塚記念、ジャパンCは2着に入っていて悲願のGⅠ制覇を目指していました。

ディープインパクトの単勝オッズは驚異の1.3倍。もちろん断トツの一番人気で、ハーツクライの単勝オッズは17.1倍の4番人気でした。

前年レコードを出して有馬記念を勝利したゼンノロブロイ(2番人気)とディープインパクトの対決に注目が集まり、ハーツクライの勝利を信じていた人は少なかった。

しかし、普段追い込みが多かったハーツクライが序盤から前に出て、3番手につける作戦をとり最後の直線の残り200Mを切ると一気に先頭に立ちました。後方からディープインパクトが驚異の追い上げを見せるものの、スピードに乗ったハーツクライを差し切ることはできす、ハーツクライが悲願のGⅠ優勝を勝ち取りました。

ディープインパクトが有馬記念を制していれば、史上初の無敗での有馬記念制覇達成でした。

その後もディープインパクトは、勝ち続け、負けたのは凱旋門賞での失格とこの有馬記念の2敗のみで、次の年の有馬記念を1着で制覇して引退しました。

「英雄」と呼ばれ、今でも競馬界最強の馬と言われるディープインパクトですが、唯一英雄に土をつけたハーツクライもまた名馬として語り継がれていくでしょう。

37年ぶりの快挙

2008年12月28日に行なわれた第53回有馬記念。

37年ぶりの快挙となる、牝馬の有馬記念制覇を達成した真紅の女帝」ダイワスカーレットの歴史的レースです。

64年ぶりに牝馬でダービーを制覇したウオッカと並び、史上最強牝馬と言われ何度も激闘を繰り広げたダイワスカーレット

牝馬二冠、生涯成績12戦8勝、2着4回で連対率100%という成績もさる事ながら、GⅠクラスの牡馬とも互角に渡り合った。

そんなダイワスカーレットの最後のレースとなる第53回有馬記念。

前年の有馬記念では惜しくもマツリダゴッホに次いでの2着に終わっている。

ダイワスカーレットは単勝オッズ2.6倍で堂々の1番人気。連覇を狙うマツリダゴッホは単勝オッズ4.4倍の2番人気でした。

レースがスタートし、好スタートを切ったダイワスカーレットはいつもと同じようにハナに立ち、同じく前に控えていた馬がダイワスカーレットに詰め寄ろうとするものの、最後の直線でもそのスピードは一切衰えず、そのまま1着でゴールを駆け抜けました。

ダイワスカーレットはトウメイ以来37年ぶりの牝馬での有馬記念制覇で、4頭目の快挙となり、1番人気での優勝は初でした。
37年ぶりの快挙となった歴史的なレースで、今でもダイワスカーレットは最強の牝馬の1頭として語り継がれています。

最後に

いかがでしたか?

有馬記念は奇跡や感動がとても多いレースで、歴史に残る名勝負ばかりです。

これからもたくさんの馬と騎手が、私たちの記憶に残る名勝負をたくさん見せてくれることを期待したいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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